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| 魔笛 |
| Die Zauberflote |
| 05/03/04 音量が全曲を通して弱かったので、強くなるよう訂正しました。 05/03/04 ティンパニの入力ミスを訂正しました。 2026/03/04 MP3で、日本語による音声を入れましたが、男声は全部Gackpoidを使っています。 Gackpoidは楽譜通り入れますと1オクターブ高く聞こえるので、1オクターブ下げてあります。 |
| 歌劇「魔笛」について 解説 西野茂雄 (歌劇「魔笛」ベルナルド・ハイティンク指揮バイエルン放送合唱団および交響楽団のCDに添付されていた、ライナーノーツから転載したものです。) 「魔笛」の台本をめぐって 「魔笛」の台本は初演以来シカネーダーの作とい うことになっているが 19 世紀の中ごろに、実はギーゼケという人が書いたものだという説が発表されて、人々を驚かせた。 ギーゼケというのは母方の名をとった舞台名で、本名をカール・ルードヴィヒ・メッラー (1761-1833) といい、当時シカネーダーの一座の俳優だった人であるが、若い時に、鉱物学を学び、後ダブリン大学の鉱物学教授になったという、変った経歴の持主である。 ゲーテの「ヴィルへルム?マイスター」のモデルといわれ、シェークスピアの翻訳などもあるという人で、結局今日ではシカネーダーの台本の合作者といっていい位置にあるのではないかと考えられている。 ところでシカネーダー(エマヌエル・ヨーハン1751〜1812)であるが、これはまたギーゼケに輪をかけたような多芸の持ち主であった。俳優、歌手、台本作者、作曲家、劇場経営主を兼ね、しかも例えば俳優としてのレパートリーは,ハムレットから道化役まで、なんでもこなしてしまうという多才ぶりで、自分の一座を組織してドイツやオーストリアを巡業し、あるいは単独でどこかの劇団に加わり、成功やら失敗ををくりかえしている中に、ついにヴィーンで劇場を手にに入れることになった。それも、彼の妻を愛人にしていたその劇場の前の借り主がひょっこり死んで、妻が遺産としてその権利を受け継いだ結果であるというのも、いかにも彼らしい。こうして鍛えぬかれた抜け目のない興業師としての彼の感覚が,この台本の題材の選択をはじめとして、いたるところにあざやかに反映していることはいうまで もない。 「魔笛」の題材となったのは、ヴィーラントが編さんした「ドウシニスタン」という寓話集の中の「ルル、あるいは魔法の笛」という物語であった。シカネーダーの劇場では、以前にもこの章話集に取材した歌劇「魔王オベロン」(ギーゼケの台本、パウル・ヴラニッキー作曲)を上演しており、その後にも同様の魔術的題材を扱った歌劇「賢者の石」(ベネデイクト・ジャック他作曲、モーツアルトもその中の二重唱を1曲書いた)を出していずれも大当りをとったために、更に同趣の題材を追って、再びこの寓話集を取上げたのであった。 ところが,台本の執筆がかなり進んだころ、おなじ童話「ルル」に取材した「ファゴット吹きの力スパル、別名魔法のチター」と題する歌劇(ヴェンツエル・ミュラー作曲)が、レオポルドシュタット劇場で上演され、大きな評判を呼んでしまった。商売がたきに先を越されたシカネーダーは、構想の練り直しを余儀なくされ、その結果、善良な妖精であった 夜の女王と、悪い魔術師であったザラストロの性格が逆転されることとなった。この唐突な性格変更は, 台本の中に明らかに痕跡を残している。更に大きな変更は,当時世界的に大きな勢力をもっていた秘密結社フリー・メーソンを歌劇の背景に持ちこんだことで、そのために歌劇の内容は原作とは遠くはなれたものとなった。 フリー・メーソンというのは、文字通りに訳せば義務を免除された石工ということで、その名の示すように,中世のころ、高貴な技術の故に多くの特権を与えられていだ建築師の職業団体に源を発し、“理想の殿堂の建設”という観念を仲介として、さよざまな職能の人々を包括し、一方キリスト教の一派や古代哲学、棟金術的思弁などのさまざまな影響のもとに多くの象徴的な秘儀を作り出して、秘密結社としての色を濃くしていった国際的な組織で、一切の宗教的、国家的、社会的な差別を否定し、人類の知的・道徳的な向上をめざしているといわれるものである。シカネーダー自身もモーツァルトもこの結社員であり、ドイツやオーストリアだけを見ても、フリードリヒ大王や、フランツ 1 世などの王候をはじめとして、ゲーテ、ヘルダー、レッ シング、ヴ イーラント、ハイドンなど、当時の名士の多くがこれに加盟していた。この歌劇の第 2 幕以降、いたるところに出てくる秘儀的な儀式は、いずれもこの秘密結社の儀式をかたどったものであるといわれるが、 この歌劇はその筋を通じて単にフリー・メーソンの理想を謳歌するだけでなく、登場人物のひとりひとりが、この結社をめぐる実在の人物の仮託であるという解釈さえある。たとえぱ夜の女王は、弾圧者としてのオーストリア女帝マリア・テレジア、ザラストロは有名な科学者でヴィーンにおける結社の代表イグナーツ・フオン・ボルン、タミーノはこの結社に好意を寄せていた皇帝ヨーゼフ 2 世、パミーナはオーストリア国民、モノスタトスはこの結社を敵視したジェズイット教徒…といった具合である。 いずれにしてもこの着想は,空想的な題材の中に時事的な主題をたくみに結びつけて,大衆の興味をひくことを主要な目的としていることは容易に想像できる。華麗で異国趣味の溢れた東洋風の舞台装置や、大蛇や獣たちが登場したり、飛行装置が空を飛んだり、雷鳴や稲妻や炎が耳目を驚かせたりするスペクタクル性とともに、興行師シカネーダーの旺盛なサービス精神が、精神の世界までに及んだあらわれと見られるのであって、この大人のお伽話をたのしむためには、秘密結社に対する特別の知識などを要しないことはいうまでもない。 ザラストロだちの崇拝するオジリスとイージスは古代エジプト神話の神であるが、この神々とフリー・メーソンの直接の結びつきは必ずしも明らかでない。イージスはオジリスの妹で妻であり、兄弟セトに殺されたオジリスはイージスの魔力によって復活する。この“死んで生れかわること”がこの神話の中心的な教義で、そのためにオジリスは冬にほろびて春に再びよみがえる植物や,夜沈んで朝にまたのぼる太陽などの化身と見なされている。この死による試練や太陽崇拝は、象徴的な形でフリー・メーソンの儀式にとり入れられており、歌劇もそれを反映している。実はこの歌劇の台本のエジプトに関する部分は、他に出典があることが知られているのであるが、もともとピラミッドやスフィンクスを造った古代エジプト人は、いわば石工たちの大先輩であり、フリー・メーソンとの結びつきは、この点では容易に理解できよう。 |